ヒマラヤトレッキング日記
〜 カラパタール / EBC トレッキング編 〜


2004/3/29 (Mon)

晴れ、のち午後から強風

起床(5:30) → 写真撮影で外出(5:40〜6:10) → 朝食(6:45) → View Lodge 発(7:30) → HOTEL Everest View 着(8:40) → HOTEL Everest View 発(9:25) → Shangboche のロッジ着 for 昼食(10:10) → ロッジ発(10:50) → View Lodge 戻り(11:15) → シャワー(13:00) → Internet Cafe(14:20〜14:40) → View Lodge 発(15:00) → Sagarmatha National Park Visitor Center (15:15〜15:40) → Tashi Dele Lodge 着(15:50) → Tashi Dele Lodge 発(16:10) → View Lodge 戻り(16:15) → 写真撮影で外出(16:50〜17:30) → 夕食(18:15) → 就寝(20:00)

(Namche Bazar 〜 HOTEL Everest View 〜 Kumujung 〜 Namche Bazar 歩程: 3時間45分

「エベレストが見えた!!」

朝日の当たるコンデリ (Kongde Ri / 6,187m / 旧名: クワンデ) を写真に収めようと、日の出前、5時半に起きる。ここもまた木造のロッジなので、足音を忍ばせて部屋から出て階段を下りる。ロッジの玄関はまだ閂がかかって閉まっていたが、これもそぉっと開けて外に出る。外はまだ薄暗いが、ナムチェバザール (Namche Bazar) にも電気が来ているのでごくわずかだがところどころポツポツと街灯も点いてる。空は徐々に明るくなってくるが、コンデリの山頂にはなかなか光が当たらず、思い描いていたような写真は撮れそうもない。それもそのはず、朝日の昇る方向にはエベレスト周辺の 8,000m 峰が並んでいるわけで、標高 6,187m のコンデリにそう簡単に昇ったばかりの日の光は当たらないのだ。

6時過ぎまで粘って写真を撮っていると、いつの間にか三脚の足元にイヌが一匹座っていてカメラザックの中を覗いている。狂犬病のことなどすっかり忘れて、イヌに挨拶をして RICOH GR1s でパチリと一枚。三脚を片付けていると、昨日、泊まれなかった Thamserku Lodge から韓国の遠征隊の人が出てきて流暢な日本語で話し掛けてくる。
「いい写真撮れましたか?」
「うーん... どうでしょうねぇ...。」
と思わず率直な気持ちを答えてしまう。痛いところを突かれた。しかし、なんでこんなに日本語が上手いのだろうか。

ロッジに戻るとロッジの女の子が玄関を掃除している。ザックを部屋に置き顔を洗った後、ダイニングでチャーを飲みながら「Pancake w/Butter」を注文する。それを食べているとケサブ君も部屋から下りてきてすぐに朝食。今日の出発は 7時半の予定。今日はケサブ君と二人だ。
「昨日ちょっと写真を撮りに登っただけであんなに息が切れたのだから、HOTEL Everest View までカメラザックと三脚を担いで登るのは相当時間がかかるだろうなぁ...。」
とやや憂鬱な気分で考えていると、そこへ TRB が登場。なんと、カメラザックを担いで今日の高度順応にも付き合ってくれるという。ボッカをして少しでも高度順応に役立てなくては、などという殊勝な心がけはどこへやら、これ幸いとばかりに TRB にお願いすることにする。こんなことでいいのだろうか...。

Namche Bazar と Kongde Ri ロッジを出ると、ケサブ君は迷わずロッジ正面からすぐの道を登り始める。この道は馬蹄形の形をしたナムチェバザールのど真ん中を真上に上っていく一番急な直登ルートだ。昨日の散歩の時に登った馬蹄形の縁を登る道よりも格段に急な登りだが、幸いにしてカメラザックは TRB が持ってくれているのでこっちは空身だ。心の中で TRB に感謝しながら、それでも喘ぎ喘ぎ直登ルートを登っていく。ケサブ君は途中のロッジに用があると言うので、TRB と昨日の最高到達地点、分岐点のマニ石のところまで先に登ってケサブ君を待つ。

その分岐点から HOTEL Everest View の方面に向かう道はさらに急登が続き、ぐんぐんと高度を稼いでいく。あっという間にナムチェバザールの街並みは眼下に小さくなり、コンデリがさらに大きく高く見えてくる。三脚を立てて写真を撮りながら登っていく。首から提げた PENTAX 67II で写真を撮ろうとすると、カメラザックを担いだ TRB がいちいち近くまで戻ってきてくれる。レンズ交換が必要なことを理解してくれているのだ。そして撮り終ってレンズをしまったりしていると、今度はケサブ君がさっさと三脚を畳んで担いでくれる。まったくもってこんなお大名なことが許されていいのだろうかと思いながら、それでも登りは急なので彼らの好意に甘んじてしまうのだ。既に高度は 3,700m を超えている。

あちこちで立ち止まって写真を撮りながら 40分程でなだらかなところに出ると、ナムチェバザールの上にあるシャンボチェ (Shangboche / 3,720m)の ヘリポートが見えてくる。HOTEL Everest View に直接行く旅行者や、ナムチェバザール、若しくはそれ以上のところへの荷揚げに使われるこのヘリポートは、ルクラより上では定期便の来る最後の飛行場だ。ちょうど荷揚げのヘリコプターがものすごい砂埃を巻き上げながら飛び立って行った。積んできた荷物はヤクとポーターが背負って歩いて行く。 ヘリコプターはものすごい砂埃を巻き上げて飛び立っていった

HOTEL Everest View のテラスからの眺め そこからさらに 10分程緩やかに登ると 3,800m を越えた辺りにロッジが二軒。いよいよその辺りからエベレスト方面の視界が開け、タウォツェ (Tawetse / 6,501m)、エベレスト (Everest / Sagarmatha / Chomolangma / 8,848)、ローツェ (Lhotse / 8,516m)、アマ ダブラム (Ama Dablam / 6,812m)、そして、昨日から見えていたタムセルク (Thamserku / 6,623m)、カンテガ (Kantega / 6,799) 、後ろにはコンデリ (Gkongde Ri / 6,187m) までの展望が一気に開ける。これはもう感動の一言に尽きる。やっとエベレストが見えたのだ。エベレスト山頂は東側に雲がなびいていて、ジェットストリームの影響だろうか上空はかなり風が強そうだ。まだ 8時半だと言うのに、この時間で既に空気は太陽光線の反射を受けて少し霞んでしまっている。一般的にカラ パタール (Kala Pattar / 5,545m) からのエベレストは夕日の当たる午後遅くが一番美しいといわれているが、これを撮影することはもはや論外であることは昨日、一昨日の午後の状況を見ればわかる。しかも、空気が澄んでいるのは午前中のごくわずかな時間ということになると、その時間帯はカラパタールからのエベレストは完全な逆光なのだ。
「うーむ、いったいどうしたらいいのだろうか...」
と、はるか先のことを考えながら、HOTEL Everest View まで気持ちのよいルートを歩いて行く。

Hotel Everest View は 3,840m 付近に建つ、世界で最も高いところにあるホテルである。しっかりした作りのホテルながら、建物高さは辺りの木に隠れるように作られていて、景観を壊さないように十分配慮されている。ホテルの中を抜けて世界最高の眺めを誇るテラスへ。ポットで運ばれてきたお茶を飲みながら、写真を撮る。やはり光線と空気の状態から霞んでしまうが仕方がない。持ってきた双眼鏡をケサブ君に貸してあげると、大喜びで TRB と代わる代わる覗いている。今回のトレッキングを通しても双眼鏡を持っている人は見かけなかったので、彼らにとっても結構新鮮だったのかもしれない。このビクセン の APEX 10×50 は倍率も高く非常に明るくて見やすいので何かと重宝なのだが、自分で担いで登るのにはちょっと重い。この重い双眼鏡は昨日、一昨日は TRB に預けたザック、今日は TRB が背負ったカメラザックに入れてきたので、彼には当然使う権利があるのだ。こっちは撮影に忙しくしているので、彼らが双眼鏡で楽しんでくれていればそれに越したことはない。

「富士山の標高を遂に突破」

45分ほどそこでお茶を飲んで写真を撮り、最後に三脚にカメラを固定して三人で記念撮影をする。TRB はまじめな性格なのか直立不動の姿勢。HOTEL Everest View を出ると、緩やかに樹林帯を下ってクムジュン (Khumjung / 3,790m) に出る。ナムチェバザールはトレッカーのためのロッジが中心だが、ここは住居が中心の村。石垣で囲われた畑がある。何を作っているのかケサブ君に聞くと、ジャガイモだとの答え。ここクンブ ヒマール (Khumb Himal) 地方の主要な作物はジャガイモなのだ。結構な標高なのだが意外に沢山取れるという。

クムジュンの村のはずれ、立派なチョルテン (仏塔) の近くに、かのヒラリー卿の建てた学校がある。今日は春休みだが、小、中、高に相当するクラスがあるという、この辺りではかなり大きな部類に入る建物である。そこを過ぎて長いメンダン (マニ石の板を並べて作った壁) の脇を通り抜けるとシャンボチェに戻る登り坂が始まる。一番てっぺんにチョルテンの建つこの峠の標高は 3,833m。遂に富士山の標高を越えたのだ。高山病らしき症状も今のところ出ていないので一安心。そこから一気にヘリポートまで下り、シャンボチェのロッジで昼食。二階のダイニングに上がると、チベット僧らしき女性がカレーを食べている。こっちの 3人もカレーを注文。ケサブ君と TRB は相当腹が減っていたそうで、二人で三人分をぺろりと平らげる。食事を終わってロッジを出た時点でまだ 11時前。だんだんトレッキング中の食事のペースがわかってきた。

そこからナムチェバザールまで、村のはずれの急斜面に見えていた大きなマニ石の脇を通って一気に下っていく。既にタムセルクの辺りには雲が出てきていて風も吹き始めた。しかも乾燥しきった地面からは歩いているだけでかなりの砂埃が立ち、首から提げた PENTAX 67IIFUJI GS645S はかなり砂まみれになっている。もしものことがあるといけないので、明日から行動中は PENTAX 67II はザックに入れておくことにしよう。シャンボチェを出て 25分ほどでナムチェバザールのロッジに戻る。
Shangboche のチョルテンと Kongde Ri

「ビジターセンター」

ロッジのダイニングで 6ヵ月半インドからネパールにかけて旅をしているという英国の男性と話をする。彼の彼女が昨日クムジュンで体調を崩して、今日ナムチェバザールまで降りてきて部屋で寝ていると言う。彼からはインドの話を聞き、こっちからはニュージーランドやハワイ、カナディアン ロッキーのトレッキング情報を教えてあげていると、ケサブ君が「ホットシャワーを浴びないか?」と聞いてきてくれる。昨日と今日の行程で全身砂まみれなので、「そうしようそうしよう」と言う。ところで、「シャワー」のときに気がついたのだが、ネパール語には“SH”に相当する音がないのか、「シャワー」など“SH”の含まれている英単語をネパールの人が言うと、「ソワー」のように聞こえる。ケサブ君に先に浴びてもらってその後でシャワーを浴びるが、なんと電気温水器が使われているようで、バンコク、カトマンズで泊まったどのホテルよりも、ここナムチェバザールの View Lodge のシャワーが一番暖かくて気持ちが良かったのはなんとも皮肉な話だ。シャワーはもちろん有料で、Rs120 を明日の出発時に支払うことになる。

ぬぁんとこんなところに Hard Rock Cafe が 15時になったら Sagarmatha National Park のビジターセンターに行こうとケサブ君が言ってくれているので、それまでの間に Internet Cafe でメールのチェックと asahi.com で日本のニュースの確認。今日のところは 20分で Rs360 と昨日の店より若干高めだが通信速度はちょっとだけ速い気もする。店を出ると、View Lodge の脇になんと Hard Rock Cafe があるのを発見。ナムチェバザールにはホントになんでもある。

ところで、店の人と話すときでもツーリストと立ち話をするときでも、ナムチェバザールでの挨拶は必ずといっていいほど、
“Going up or down?”
というフレーズで始まる。そこで胸を張って
“Going down!”
と答えた人はこれから登るツーリストからは一種の尊敬の念をこめた眼差しで見られるという栄誉を授かり、さらに色々な質問攻撃にあうというわけである。

ロッジに戻り、ケサブ君とビジターセンターへ向かう。また、例の分岐点の高さまで登らなければならないが、これも高度順応のうちなのであきらめて登る。ビジターセンターの裏側にはアーミーの駐屯地があるようで、敷地内でのアーミーベースの写真撮影は禁止。ビジターセンターの中に入って展示物や説明書きをゆっくり読み、パンフレットなどをもらって出る。日本を出る前に神保町で買ってきて読んだトニー・ハーゲンの歴史的名著、『ネパール』で彼が最も懸念していた、ツーリストおよび現地の住民によるオーバーユースからの「燃料のための薪の確保による森林破壊」を防ぐために Sagarmatha Community Agro-Forestry Project (SCAFP) なるものがきちんと機能していることを知る。実際ビジターセンターの周りや、トレッキングルートの近くなど、柵で囲われた植林地帯に木が育っているのを見ることができる。

Sagarmatha National Park のパンフレットによると、公園内のレギュレーションは以下の通り。

ビジターセンターを出て、すぐ近くの Sherpa Museum の前まで行くが、展示内容はさほど変わらずしかも入場料に Rs200 かかると言うので、外から見るだけでロッジの方に戻ることにする。下りは今朝登ってきた直登ルートへ向かうが、途中 Tashi Dele Lodge でお茶を飲んでいこうとケサブ君が言う。今朝、HOTEL Everest View に登るときに彼が寄っていったところだ。ダイニングでブラックティーを飲んでいると、壁に TRB が手に持っていた Himalayan Activities の看板が掛けてあり、看板に打たれた釘にバッジが 5個並んでいた。なるほど。これは Himalayan Activities のバッジを売るための看板だったのだ。一個 Rs250 のバッジをケサブ君が見せてくれる。今回のトレッキングを通して、この看板とバッジを行く先々のなじみのロッジに預けていくというわけだったのだ。地道な営業活動に脱帽。 Himalayan Activities のバッジを発見

Namche Bazar の入り口のチョルテンマニ車に囲まれている お茶を飲み、一旦、View Lodgeに戻るが、ナムチェバザールの入り口にあるチョルテン (仏塔) に写真を撮りに行くため、一人で RICOH GR1s を持って外に出る。初日の水没以来ようやく復活を果たしたのだ。チョルテンの周りにあるマニ車を一つずつ回しながら時計回りに歩いていると、村の少年がやってきて、
「そうそう。それでいいんだよ。」
と笑いながらついてくる。彼と少し話をしてから、さらに下って村の入り口の門のところまで行き写真を撮り、フィルムが終わったのでロッジに戻る。時刻は 16時50分。

部屋に戻って今日砂まみれになった PENTAX 67IIFUJI GS645S を掃除する。やはりかなり細かい砂埃がカメラとレンズの隙間にびっしりだ。ブロワーブラシを持ってきて本当に良かった。しかし、今回バッテリーの充電に関する状況の厳しさからカメラのデジタル化は見送ったが、これほどの砂埃ではレンズ交換式のデジタルカメラではあっという間に CCD が埃だらけになってしまったことだろうと思う。今のところ OLYMPUS の E-1 以外に CCD の埃対策を附されたカメラはないが、仮に E-1 選択したとしても果たしてここまでの埃が取れるのだろうか、というぐらい激しい砂埃なのだ。PENTAX 67II を最終目的地のカラパタールまで正常に稼動させるためにも、明日からは行動中はザックに入れることに決定。行動中の写真は RICOH GR1sFUJI GS645S に任せることにしよう。ちなみに、現在までに使用した 220 ブローニーフィルムが 14本。最初の 3日で全体量の 6分の1を消費していることになる。残量が若干不安になってくる。

晩飯を 18時半にオーダー。明日のタンボチェ (Tengboche) までの行程は 250m 下って 670m 登り返しという今までになく厳しい行程なので、パワーをつけるために「Garlic Soup」と「Fried Rice with Meat」を注文した。ダイニングには今日下ってきたドイツ人を含めて 10人程の人が食事をしているが、周りには結構風邪っぴきが多くしきりに咳をする音が聞こえてくるので、食後にイソジンでみっちりうがいをする。まだ「Going up」中なのだから、こんなところで風邪をうつされてはたまらない。部屋に戻ると、昼間話をした英国人の二人は隣の部屋のようで、壁の向こうから女性の咳が聞こえてくる。部屋は壁で仕切られているとは言え、窓際の部分では隣の部屋とつながっているため、簡単に風邪などはうつりそうなので要注意なのだ。それよりも、食後になんだか右の鼻の奥の方がジンジンとしていたいので、念のため今晩からダイアモックスを服用することにする。250mg 錠なので半分の 125mg に割り、さらにこれまた念のため新ワカ末 A錠と一緒に飲む。

20時に就寝。外ではイヌがけたたましく吠えている声が、ナムチェバザールの谷全体にこだましている。
「野良イヌは昼間寝ていて活動が活発になるのは夜間だから大丈夫ですよ。」
予防接種をしたクリニックの人の声が記憶の中に甦ってくる。


inserted by FC2 system