ヒマラヤトレッキング日記
〜 カトマンズ編 I 〜


2004/3/26 (Fri)

起床(6:00) → 朝食(6:30) → HOTEL Vaishali 発(7:30) → スワヤンブナート着(8:30) → HOTEL Vaishali 戻り(11:00) → HOTEL Vaishali 発(11:30) → パシュパティナート着(12:00) → HOTEL Vaishali 戻り(14:00) → 昼食に外出(14:20) → Himalayan Activities 着(15:40) → HOTEL Vaishali 戻り(17:30) → Internet Cafe(18:20) → 晩飯に外出(19:30) → HOTEL Vaishali 戻り(20:15)

「スワヤンブナートへ」

カトマンズの朝がどんな感じなのだか見たかったので早起きをした。日の出は比較的遅く 6時過ぎ。部屋の窓から朝日の昇るタメルの風景を写真に撮ってから朝食に向かう。朝食は例によってビュッフェ形式だが、Hotel Vaishali はインド資本のホテルなので、インド風のものと西洋風のものが並んでいる。ここでも冒険はせず、オムレツを焼いてもらってガイドブックを読みながら西洋風に朝食を済ませる。

7時半にホテルを出て徒歩でスワヤンブナート (Swayambhunath) へと向かう。スワヤンブナートはタメル (Thamel) 地区の西 2km 程の丘の上にあるストゥーパ (仏塔) で、ガイドブックによると徒歩で 30分程の距離とのこと。徒歩で十分たどり着けるだろう。

昨日の夜、食事の後ホテルに戻る途中、狭い路地の道端には大量のゴミが無造作に捨てられてそれはもうかなりの有様だったのだが、朝こうして町を歩いていると、道に面した店の人たちがきちんと皆掃除をして、ところどころでゴミを焼いたりしている。どことなく懐かしい街の雰囲気の中をチェトラパティ (Chhetrapati) というところまでゆっくりと歩く。が、このチェトラパティで道は六叉路となり、いまひとつ行くべき方向がわからなくなってしまう。地図上の道路には名前はあるのだがその道路の名前がなかなか見つからない。その広場のようになった交差点では朝市が開かれていたので、その中の一人に道を尋ねるが英語は通じない。さて、どうしたものかと考えていると、テンプーという小型のオート三輪のタクシーのドライバーがやってきて、どこへ行くのだと尋ねてくる。スワヤンブナートだと答えると、Rs80 で乗っていけと言う。まだネパールの物価感覚に慣れていないのもあったが、そもそもトレッキングのウォーミングアップのために歩いて行くつもりだったので、
「歩いていくからいいよ。」
と言うと、
「歩いていったら 1時間以上かかるぞ。いいから Rs80 で乗っていきなさいよ。」
「いや、ガイドブックには 30分と出ていたぞ。どうしてもというなら、Rs20 でどうだい?」
「そりゃ無理だ。歩いて 1時間以上かかる距離だよ。とにかく乗っていきなよ。」
というようなやり取りを繰り返しながらあたりを見回すと、やっと小さく道の名前が出ている看板を発見。これ幸いと、
「やっぱり歩いて行くよ。じゃーね。」
とその場を去る。

スワヤンブナート前の朝市

その道を進んで行くとどんどん細くなり、さらに進むとだんだん民家と民家の間の路地のようになってくる。ちょっと不安になるが、それでも、スワヤンブナートは丘の上にあるわけだからとにかく西の方向に進めばいずれ見えてくるだろうと思いひたすら進む。路地はだんだん下り坂になって遠くの丘の上にスワヤンブナートが見えてくる。が、路地はビシュヌマティ川 (Bishnumati River) に突き当たってしまった。あたりを見回すと 50m ぐらい離れたところに橋が見える。いつの間にか、地図上の道とは違う道を歩いてきたようだったが、もろにカトマンズの街並みの中を歩いて来られたのでそれはそれでよかったのだ。スワヤンブナートの手前にもう一つ丘があり、川の高さからはスワヤンブナートは見えない。橋を渡ってその手前の丘を超え、スワヤンブナートへの道のりはまだまだまだ続く。なんだかんだで写真を撮りながら、実際には 1時間程かかってようやく到着する。テンプーのドライバーの言うこともあながち嘘ではなかったのだ。

スワヤンブナートへ登る長い階段の下にある門の前には朝市が出ていて結構な人が集まっている。門前には灯明とティカ (額に付ける赤い印) を付けるための台が置かれていて、多くの人は中まで入らずにその場所でストゥーパの方を見上げて熱心に祈りを捧げて去っていく。スワヤンブナートは外国人は入場料 Rs50 が必要とのことだがそれらしき料金を払う場所は見当たらない。灯明の脇を通ってそのまま階段を登り始めることにする。

カトマンズの標高は 1,400m なので少しは高所トレーニングになるかしら、と思いながら 385段あるというこの階段を登っていくと、頭上には幾重にもタルチョ (チベット系の色とりどりの祈祷旗) が重なりはためいていて美しい。三脚を立てて写真を撮りながら登り詰めていくと、頂上のほんのちょっと手前に入場料を支払う掘っ立て小屋があり、そこでようやく Rs50 を支払いちょっとホッとする。いきなり無賃入場では仏陀様に申し訳ないと思っていたところだ。

頂上に着き、まずは「仏陀の智慧の目」の描かれたストゥーパの周りをマニ車 (中にお経が書かれた紙が入っていて、一回回すと一回お経を唱えたのと同じ功徳が得られるという) を回しながら右回りに一周。これは古来よりの作法で、ストゥーパでも山の中で見かけるマニ石 (チベット仏教の表象物で経文を彫り付けた石) でも必ず右回り、つまり対象物の左側を歩くのである。供え物目当てのサルが仏像の前に座っていたりするので、これを写真に撮りながら歩く。正面に戻り、カトマンズ盆地とストゥーパの写真を本格的に撮ろうと三脚を立てていると、日本語をちょっとだけ話す少年が声をかけてくる。こちらは写真を撮るのに忙しく、また、足元に置いた荷物にも注意を払わなければならないので最初のうちは聞き流していたが、どうやら親日派のようで英語で色々とストゥーパに関する説明や仏教に関する説明をしてくれるので、何となく話を聞いてしまう。さらに気がつくとすぐ隣に彼の弟も来ていて、三脚のケースやレンズキャップを持ってくれたり何かと忙しい撮影の手伝いをしてくれたりする。相手が子供ということもあり、結局、いつの間にか一緒に境内を歩きながら、あちこち写真を撮って回るようになってしまった。地元の子供なので地理には詳しく、山の向こうのちょっと歩いた先に大きな仏陀 (つまり大仏) があるというのでそこまで案内してもらったり、まぁ自分ひとりだったらそこまで行かないだろうな、というところまで行って写真を撮ることができたのでこちらとしては有難い。と同時に、
「ここまでしてくれるってことは、きっと何か見返りを期待しているのだろうなぁ...」
という思いが途中から確固たるものになってくる。
「仏陀の智慧の目」はしっかと世界を見据えている

「暑いからジュースでも何でも好きな飲みものを買ってあげようか?」
聞いてみるとそれはいらないと言う。その代わりといって、学費の一部を援助して欲しいというようなことを頼んでくる。「きたきた」と思い試しに金額を聞いてみると、Rs2,000 以上の金額だ。そうば言えば軽く聞き流していたが、歩いているときから「学校の試験が大変で...」というようなことを話していたっけ。もちろん彼の学費を払ってあげる義理もなければつもりもなく、RS2,000 なんていう大金 (ネパール人の多くは月 Rs3,000〜5,000 の収入で生活をしているという) を子供に払うわけもない。とは言え、撮影の手伝いはしてくれたしそれなりにガイドもしてくれたので、結局、お小遣い程度の金額を「お小遣い」として渡し、彼らの写真を撮って別れる。

すぐ近くでみやげ物を売っている露店の写真を撮らせてもらう。撮らせてくれた後にそこのおじさんは、
「何か買ってくれるととても嬉しいんだけど...。」
と笑顔で控えめに言ってくる。
「こういうところは高いんだろうな...。」
と思いながらそれでもお礼に Rs500 で曼陀羅模様のお守りを買ってあげる。これを持ってトレッキングに行けば、ひょっとしたらご利益があるかもしれない。もちろんお礼とは言えこっちも随分値切って買ったのだが...。

さっきの子供の一件もそうだが、ここの国では無償の親切というのは無いのだろうか、などと考えながら階段を登ってもとのスワヤンブナートへ向かっていると、さっきの少年二人がまたやってくる。写真を撮っているときにたまたま会って「彼らはとてもいい友達だ」と語っていた男性の店を後で覗く約束をしていたからだ。行って見るとそこはタンカ (Tanka / チベット仏教の仏画) を売る店で、薄暗い店内でその男性は嬉しそうに「とっておきの (と彼は言う)」タンカを見せてくれる。こっちはこういうものの価値を見抜くだけの知識も技量もないし、そもそも買う気はさらさらないのだが、向こうは売る気満々で次々とタンカを出してきて、しかもそれらはどんどん古く、高いものになっていく。それでも店に行く約束をした時点で、
「何かを買うかどうかは約束できないからね。」
と念を押しておいたので比較的気軽に断ることができた。こちらとしては写真には撮れなかったけど、良いものを見せてもらってラッキー。しかし、この手の「日本語をしゃべる少年+仏画店の売り込み」は観光地では極めて一般的らしく、カラパタールのトレッキングの後に行ったパタンでまったく同じ商法に再び出会うことになる。

一旦ホテルに戻って体制を立て直すため今朝登ってきた階段を下っていく。帰りは時間節約のためタクシーを捕まえようと思って門前まで下ると、いきなり人の頭に花びらをかけ、額にティカを塗ってくれながら、
「あなたはとても幸せな人だ。」
と語る男がいる。用は施しをくれというわけなのだが、ヒンズー教の世界では富者が貧者に施しをするのは功徳になるとされているそうで、そういうわけだからまったく屈託のない笑顔でカネをくれと言ってくる。どうしたものかと考えながら、仕方がないので Rs5 を渡してその場を去ろうとすると、さらに満面の笑顔で首を振る。
「うーむ、参ったなぁ。さて、どうすっか...」
というところに颯爽と現れたのが門前で客待ちをしていたタクシーの運転手。有無を言わさずこっちの手を引いてタクシーまで連行し、
「どこまで? タメル? 100ルピー。」
と矢継ぎ早に言ってくる。こっちはメーターを使えと応戦するが、
「うーん、メーター? 壊れてるんだよねぇ...。」
という調子。面倒だし暑いしさっきは助けてもらったので、その金額で OK とする。乗り込む前にミネラルウォーターを買って、ホテルに向かう。後でわかることなのだが、彼らは旅行者と見るとどんなに近くても基本的に Rs100 と言ってくるのだ。そこが交渉のスタートラインといった感じ。

「輪廻転生のパシュパティナート」

ホテルに戻り、ザックの中でぐちゃぐちゃになっているレンズ類を整理して体制を立て直す。もう昼近いが朝食をしっかり食べたので、あまりお腹も減っていない。そのままパシュパティナート (Pashupatinath) へ向かうべくホテル前で客待ちをしているタクシーを捕まえる。やはり Rs100 と言ってくるが、今回はメーターを使うことで粘り強く交渉する。一度はメーターで乗らないと実際の相場がどれぐらいなのか体感できないからだ。晴れて交渉成立。ドライバーはやや渋々と走り出す。

Rs88 でパシュパティナートに到着。Rs12 得をした。タクシーのドライバーに言われた道を歩いていくと、途中の土産物屋のおばちゃんがさっきスワヤンブナートで買ったのとまったく同じお守りを売りに来る。同じものをもう持っているというと、いくらで買ったかと聞いてくるので、Rs500 だったと言うと、それなら同じ値段で二つ売ってやるという。やられた...。

「外国人は入場料 250ルピーがヒツヨウでぇす。」
パシュパティナートの入り口に差し掛かるとまた日本語で語りかけてくるネパール人が約一名。お金を払って火葬ガートに向かっている間にもあれこれ日本語で話し掛けてくる。同じ手には乗るものか、と思い、
「もしガイドさんだったら、要りませんからいいですよ。」
「ワタシ、キチンとライセンスもてるガイドでぇす。日本のヒトのためココで働いていまぁす。」
「デモ、ここでキュウリョウもらてるんジャナイデショ?」
なんだか、こっちもイントネーションがおかしくなってくる。
「ハイ。ほんのキモチダケ、キモチダケいただきまぁす。」
聞けば撮影禁止の場所なども結構あると言うが、今度はゆっくり自分のペースで歩き回りたいので丁重にお断りして、ツーリストが並んで腰掛けている、川を挟んで火葬ガートの反対側の石段に向かう。

パシュパティナートはヒンズー教の寺院で、火葬場で焼かれた遺灰はそのままガンジス川の支流、聖なる川であるバグマティ川 (Bagmati River) にそのまま流される。それを見るために多くのツーリストが集まっている。普段は葬儀があまり行われないという川の上流側、王族関係者の火葬ガート側で泣き叫んで別れを告げている親族の一団を橋の上や対岸から多くの人が眺めている。腰掛けてしばらく見ていると、さっきのガイドさんがちゃんと次の日本人を捕まえたようで、話をしながら目の前を歩いていった。執り行われていた葬儀が終わったようで、今度は下流側に遺体を運んで荼毘に付すようだ。橋の上で見物していたネパールの人たちが、ぞろぞろと反対側に移る。対岸で見ていたツーリストたちもぞろぞろと橋の下流側に移動する。異国の地で赤の他人の葬儀を、こんなにも多くの人が見物しているのも不思議なものだ。ビデオカメラを回しっぱなしの外国人ツーリストもいるが、いまひとつカメラを向けるのは気が進まない。どうしようかなと思って眺めていると、火葬ガートの焚き付け用の藁を目指して牛の親子が歩いて行く。遺灰を流している下流ではその同じ聖なる川の水で沐浴をしている人たちがいる。次の瞬間には、三脚にカメラをセットして撮影の準備をしていた。でも、さすがに望遠は使わず引き気味で数枚の写真を撮るに留める。不思議なことに、最後の別れを告げていざ火葬が始まってしまうと、さっきまで悲しんでいた親族たちはそれを見ることもなくさっさと帰ってしまうようだった。輪廻転生を信じて墓を作らないヒンズー教の人たちにとって、遺体は火をつけた時点で既に聖なる川ガンジスと一体化しているということなのだろうか...。

カトマンズのマナカマナ寺院付近 多くの人はその火葬ガートだけを見て帰ってしまうようだが、パシュパティナートの対岸の丘の上にはいくつも寺院があるので、カメラと三脚を担いで登っていく。マナカマナ寺院では緑の木立の中に古い仏塔がいくつも立っていてコントラストがとても美しい。ところがこの丘はデートコースにもなっているようで、そこかしこの仏塔の日陰ではネパール人の若いカップルが「うふふん」などとやっていて、写真を撮るのにも実は一苦労なのであった。それでも炎天下いくつかの仏塔を写真に収め、そろそろお腹もすいてきたので丘を下る。16時からの Himalayan Activities でのガイドとの打ち合わせの前に一旦タメル地区に戻って、何か昼飯を食わなければ。さっきの火葬ガートのところまで下って来ると、英語で“Very cheap. Just 1,000 rupees!! (とっても安いよ。たったの 1000ルピーだよ)”と外国人ツーリストに声をかけている英語担当ガイドがいた。「キモチダケ」というのは、だいたい Rs1,000 だったのかということが判明。以外に高い「キモチダケ」なのだ。

「ケサブ君登場」

タメル地区に戻って『Alice's Restaurant』という名のイタリア(風?)料理の店に入る。席は 4階にあたる屋上のテラスで燦燦と降り注ぐ陽の光と爽やかなカトマンズの風が気持ちよい。お陰でこれ以後タメルでレストランを探すときは、上を見ながら探すようになった。ボロネーズスパゲッティを注文するが、出てきたのはオーブンで丸々焼いた『ボロネーズ風焼きソバ』といった趣のもの。でも、すべてがオーブンで焼かれているので、それなりに安心の一品なのであった。炭酸水、食後のコーヒーと合わせて Rs199。日本円で 300円ぐらいの感覚。席で Rs200 を支払うが当然のようにおつりの Rs1 は戻ってこなかった。そんなもんなのか。おつりは言わないと戻ってこないのかもしれない。

その足で約束の時間よりちょっと早いが Himalayan Activities に向かう。オフィスに行くと、東京都の府中市在住の日本人の大学生、T君が来ていた。彼はインドを経由してきたそうだが、インドで体力的にも精神的にも相当辛い思いをしてきたようで日本人に会えてとても嬉しそうだ。その彼をナガルコットまで連れて行ったのが、今回ガイドとしてやってもらう Keshab Mainaee (以下ケサブ君) なのである。まだ 19歳と若い彼はとても優しそうでしかもなかなかのハンサムだ。T君もイチ押しの好青年なのだ。

ケサブ君と握手を交わして挨拶をする。すぐに Raghu さんは今回のトレッキングの中で写真を撮ることが重要な目的の一つである点、カメラ機材は貴重品なので基本的には担ぐ必要はないが、状況に応じてその他の荷物を分担して持つようにという点、また、こちらのリクエストに応じて早朝でも夜中でも外に出て写真を撮る必要のあるときには必ず起きて同行するように、など、非常に丁寧に説明してくれている。こっちから Raghu さんに特にそのようなリクエストを出したわけではないのだが、彼は十分にニーズを理解してくれていて、言いにくそうなことはすべて先に言ってくれている。しかも見ている目の前でそれをガイドに指示してくれるのだからとても心強い。ケサブ君も時々質問しながら、その内容をきちんと理解しようとしている姿が見て取れる。最初に直感した「細やかな気配り」のまさにそのもののトレッキング会社だ。Raghu さんはケサブ君がガイドのライセンスを持っているとは言え、年齢が若い点に関してこちらがどう感じるかを若干心配しているようだったが、そのやり取りを見てこちらとしては何も問題はないと伝える。

明日は 5時45分にケサブ君がホテルのロビーに迎えに来てくれることになった。6時半までには空港の国内線のターミナルに行く予定だ。その他の細かい打ち合わせや質問などをして、最後に Raghu さん、Nirdhoj さん、ケサブ君の三人の写真をオフィスの中で撮ってオフィスを後にする。ホテルに一旦戻り、カメラ以外のトレッキング用の荷物をパッキング。すべての荷物をトレッキングに持って行くものとカトマンズにおいていくものに分ける。その後、晩飯がてら昨日とは違うインターネットカフェでメールをチェック。値段は昨日と同じ Rs40/1時間。今日は Global IME がきちんと機能する環境で、Web メールで日本語がカンペキに入力できる。昼飯を食べたのが遅かったので、晩飯は『桃太郎』という名の日本食屋で鶏うどんとミネラルウォーターを注文。Rs145 の晩飯だ。

食堂で買ったミネラルウォーターも残っていたが、帰りに追加でトレッキング用のミネラルウォーターを買うことにする。しかしながらちょっと時間が遅かったためか近くの店はみんな閉まっていて、仕方がないのでホテルのロビーにあるバーで買うが、これがなんと 2本で Rs70 と街中の相場の倍以上。やはりホテルの中は高い。とは言っても、2L で100円程度の買い物なのだが、今日一日で自分がずいぶんネパールの物価感覚に近づいてきていることを実感する。

買ったミネラルウォーターで 2L の水筒を満タンにしザックに入れ、残った水で歯磨きをする。昨日からできている口内炎がちょっと大きくなっている気がするので、イソジンで念入りにうがいをし、パッキングした荷物を最後に確認。フロントに電話をしてモーニングコールを 5時に頼む。寝たのは 22時ぐらい。


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