雪渓と脱水地獄の記録
(針ノ木岳: 1998/7/17 - 1998/7/20)


この文章は大学時代のサークルの ML 宛てに 1998年 7月 24日に送付したものに、加筆、修正、写真の追加を行って掲載したものです。

1998/7/18: 扇沢駐車場 〜 針ノ木小屋テント場

扇沢ゲート(5:10)→ 大沢小屋(6:25)→ 針ノ木雪渓取付き(7:00)→ 針ノ木雪渓最上部(9:25)→ 針ノ木小屋着(10:30)
(歩程 5:20)

4時に起床。持ってきているおにぎりを食い、身支度をしてクルマを後にする。駐車場脇の無料休憩所にてトイレと水くみをして出発。この水で後々苦しもうとはこの時点では知る由もなく、駐車場に入れず行列を作っているクルマの列を尻目にゲート脇の針ノ木登山口へ向かった。ゲートを過ぎると、しばらくはバス用の道路と交差しながら進んで行き、トンネルの入り口でいよいよ登山道は沢沿いに向かっていくことになる。

今回も 6×7判のカメラ、レンズに三脚、テント一式を含めて総重量は 27.5KG とこの歳にしてはやや重過ぎるザックである。そんなこともあって、そこかしこに立っている自然歩道的なカンバンを一つずつ丁寧に読みながら、緩やかな登山道を超ロー ペースで歩いていくと、一時間強で木立の合間に大沢小屋が見えてきた。

小屋に着くか着かないかというときに、
「おはよう。なんだ今日は上でキャンプか?」
といきなり小屋のオヤジに声をかけられる。後で聞いた話だがこのオヤジ、そうやってそこですべてのパーティに声をかけるだけでなく、人数をすべてカウントしてあらかじめ針ノ木小屋に連絡しているんだそうだ。針ノ木小屋と大沢小屋と種池小屋はすべて経営がいっしょで、そういった連係プレイがなされているらしい。そういえば、
「今日テントはオマエでまだ 7隊目だから、小屋の近くに張れるぞ。」
などと言いつつ何かをメモっていたようだった。荷物を降ろして小屋の中で 2、3分休憩する。その間にもオヤジは通過するパーティにすべて声をかけ、
「オマエ、アイゼン持ってんだろうな?」
などと言いつつやはり紙になにかメモっているのであった。これが、経営上対抗している小屋だったりすると、
「オマエはもう上のテン場には入れないから、ここに泊まっていけ。」
などと強制的に泊めさせられたりするのだろうか...

針ノ木雪渓 小屋を出てしばらく行くと雪渓が見えてくる。大沢小屋のオヤジが言うには今年の雪渓は例年に比べてかなり小さいそうだが、上の方まではまだ見えないのでよく分からん。ザックが重いのでキック ステップをする気もおきず、さっさとアイゼンを装着してしまった。いったんアイゼンを付けてしまうとあとはガシガシと登っていくだけである。途中の中州のようなところで一回休憩をして、明日の縦走路であるスバリ岳、赤沢岳などの稜線の写真を撮りながら、一つだけ持ってきたネーブルを食べる。十分に休憩をとった後に再び出発すると、何と 30分もしないうちに雪渓の最上部に到達してしまった。
「なんだ結構楽勝だな...」
などと思っていると、ところがどっこいそこから針ノ木峠までが、約1時間の炎天下つづら折り100曲がりブリゲロ コースなのであった。やはり今年の雪渓はかなり小さかったのである。

死にそうになりながらやっとたどり着いた針ノ木峠からは、七倉、船窪はおろか野口五郎岳から水晶岳に至る稜線や鷲羽の突先、槍穂までが見渡せるという絶好の展望で、思わず疲れを忘れて
「すげぇ...」
と口に出してしまう。

針ノ木小屋ですぐにテン場の手続きをする。一人 500円と相場通り。水は 200円/1Lと若干高めであったが、あの雪渓の状況からするにまぁ仕方がなかろうと思う。テン場は小屋の裏手を 1分ぐらい登った小高い斜面に区画ごとに番号がふられており、小屋で申し込んだ際に番号を指定される。14番を指定されて行ってみると狭い尾根の雪渓側の端にちょうど二人用ゴアテンが張れるスペースがあった。雪渓側から吹き上げてくる風でテントが持ち上がってしまってなかなか張れないが、向こう側の2箇所をペグで釘付けにし、何とか組み立ててあたりを見回すと、なるほど大沢小屋のオヤジの言うとおり、まだ 7張りぐらいしか見当たらない。しかし、それにしてもこんなに展望の良いテン場はいまだかつて見たことがない。もちろん槍穂の見える反対側には、爺が岳までの稜線とその向こうに鹿島槍、さらに白馬の方まで見えているではないか。

テントを設営し、ひとしきり片付けたところでまだ正午前。紅茶を沸かしパンとチーズをかじりながら昼寝をするという超贅沢な時間を満喫し... たところまでは良かった。がしかしである。フと気がつくとなんだかお腹の方でゴロゴロと音がしている。ありゃりゃ、冷えたのかしら? などと軽い気持ちでトイペを片手に小屋の近くのトイレまで行く。ところが状況は最悪。下痢どころか完全に“ミズ”の状態が翌日の朝まで続くことになったのである。手持ちの正露丸糖衣を飲むもまるで効果なし。夜中にもヘッドライトをつけてトイレに駆け込む始末。昼間の登りとテントを立ててから飲んだ紅茶、晩メシ、すべてが朝までに体外に放出されてしまった。唯一の救いは、針ノ木小屋のトイレには、トイレット ペーパーが常備されていることであった。しかしながら、そんな事に感心している余裕もなく、大事を取ってたまたまスタッフ バックの中に入っていたホカロンを腹に押し込んで、長い夜をどうにかこうにか過ごし翌朝を迎えたのであった。

教訓: 水を現地調達するつもりならコンビニでミネラル ウォーターを買え。

ちなみに、この日の針ノ木のテン場は予想通り超満員。そこかしこでいざこざが起こり小屋の係員が仲裁に入る。しかし、昨今の中年登山者はマナーもヘッタクレもあったものではない。テントの持ち主が 2時間ばかり頂上に行っている間に、平気で人のテントの入口の真ん前に自分のテントを立ててしまったりする。もちろん小屋にも無許可である。また、小屋の人もヘンなことを言ったりするもので、あるちょっと広めの区画に勝手にテントを張ってしまったパーティに対して、
「ココは、今日、団体が登ってくるというので空けてあったのです。さらに、そこはいざというときにヘリポートにもなるのです。」
などとワケのわからないことを言って追い出そうとする。
「うーむ、世の中いつからテン場の予約ができるようになったのだろうか...」
と、テントの中で腹を押さえてへたばっているオレ様だったのである。


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